シンポジウム

全般的な感想・補足とPPTはこちら。また,公衆―大衆の概念については,こちらで補論しておきました。ここでは質問に答えておきます。

連鎖は同じ方法で死ぬ人たちが増えるのみで,死ぬ人数は変わらないのでは?

詳細な分析が必要だと思います。ただ,連鎖の場合は,「目立ちたい」(報道されたい・騒がれたい)という要素が加わることが多いとされています。嫌な表現ですが「自殺は究極の自己表現だ」という見方もあります。「自殺の連鎖」のなかで自殺すると,ガイドラインを無視した報道の対象とされます。名前も出るでしょう。「自殺した事実が,この世に残す最大の痕跡」とは悲しいことですが,そうした最後の自己顕示欲で自殺という手段を選ぶ人がいるのは間違いないでしょう。そもそも自殺が報道されない世界(単なる「死」と扱われる世界)だと,そうした「自己顕示欲による自殺」は減るでしょう。

新聞を読んでいる層と自殺が最も多い層が一致しているが,相関関係はあるのか。

実にいい質問ですね。二つの問題提起を接合する。なぜ,教室でしなかったの?――という戯れ言はさておき,以下は単なる仮説です。新聞を読むとハッピーになりますか? ニュースを読んでいると,たいていは気分が暗くなり,滅入ってきます。「また値上げかよ」とか「民主党もだらしないな」とか「日本は中国に弱腰だよなー」とか。どんどん悲観主義に陥ります。レ・ミゼラブルです。新聞好きってメランコリー親和性気質ですよ(だんだん議論が飛躍してきたぞ)。新聞が後期高齢者医療制度の罪悪を「姥捨山」などと表現すればするほど,世を儚む高齢者が増えるんではないでしょうか。
というのは,悪い冗談として,相関関係はないと思います。そもそも高齢者の自殺はよほどのことがない限り,新聞は報道しないので。それに病死(自然死)と自殺の区分が不明瞭との問題もあります。遺族も「自殺」ということを隠す傾向が強いので。「日本の高齢者を巡る生活環境が厳しく,社会福祉も十分ではない」ことが高齢者自殺の要因とされています。「子どもに介護で面倒をかけたくない」とか。悲しい現実です。

メディア系の先生方は,メディアを読み解くことを専門とされていると思いますが,メディアの力に踊らされている現代社会を立て直すことは考えておられるのですか?

はい。一人の力ではどうにもなりませんので,学会の報道倫理に関する研究部会などで新聞社やテレビ局幹部に申し入れをしたりして,報道の改善を提言したりしています。犯罪報道における(加害者・被害者の)匿名報道の徹底,個人情報の報道の禁止などと並び,自殺ガイドラインの徹底も議題の一つです。「メディア評議会」「放送批評懇談会」など報道監視のNPOを立ち上げる研究者もいます。メディアの慣習は一朝一夕には改まらないので,息が長い取組が必要だと思います。こうした問題も,警察庁法務省厚生労働省などの行政組織に指導されたから改善する――のではなくて,メディアが自らの意志で,メディア内の組織ジャーナリストが自らの選択の結果として,改善を指向したということが重要なのです。メディア研究者はそのための触媒にすぎません。ただ,倫理・倫理と五月蠅く言いつのるメディア研究者はメディアから「ウザイヤツラだ」と思われています。

自殺報道は全面禁止にしたほうがいいのでは?
そう思うときもあります。ただ「いま自分を取り巻く環境で何か変化が生まれているのか?」という環境認知がメディアの主要な役割だとしたら,「起きていること」を完全に隠してしまうのは,受け手の環境認知に歪みが生じかねないと危惧する人もいます。硫化水素自殺に限定すれば,無知なるがゆえにおこる二次被害も無視できません。「体育館に避難するなど,大きな迷惑をかけるんだ」とまで報道する必要はないですが(自己顕示型ではそれも誘因になりますから),「卵が腐った匂いがしたら近づくな」は二次被害防止にかかせない情報です。逆に,「すべてをオープンにしろ」という意見もあります。「硫化水素自殺はこんなに苦しい,遺体はこんなにミジメだ」ということをアピールすることが抑止力になるんだという考え方。連鎖を防ぎ,二次被害も防ぐとなると,適切な報道のあり方はケース・バイ・ケースでしか決まらないというのが現実でしょう。

それはそうと,JR東海では「人身事故」(飛び込み自殺の呼び換え)のことを「貨物列車と人が衝撃」などと表現するんですね(参考)。

転落事故と自殺も区別が不明瞭なんですが。偶然か故意か。変死体の場合,当初は「自殺・他殺の両面で」警察は捜査するケースがあるんですが,「事故死」という場合もあります。警察庁の統計数字は,あくまでも警察が「自殺」と断定したケースに限られます。海堂尊『死因不明社会』を読むと,日本の司法(と警察)がいかに死因の解明(司法解剖)に消極かがわかり,嫌になります。「死因:不明」で処理されるケースが多いのです。他殺の可能性が高いのに自殺で処理される場合もあります。潜在的殺人者が多いというのは,「警察が犯罪として動き出さないケース」がいかに多いかということです。逆に事故死なのに自殺と処理されているケースもあります。どんな統計数字もそうなのですが,「年間3万人」という数字を絶対視するのは危険です。実態はもっと多かったり少なかったりする推計値として本来は取扱うべき数字ではないでしょうか。

死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)

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