第2回

講義資料(PDF):http://akaokoichi.jp/pdf/contents2007-02.pdf
「マコ」(実または誠)は自己中心的,あるいはドキュソな人間だと思う。「ミコ」(道子)を看取る行為は「マコ」にとって一種の演劇的営為だったのではないかとさえ思う。「冬のアルプスに一緒に登ろう」はその極致。健やかな人でも,初心者だと命に関わる。

「マコ」が「ミコ」のことをさして引きずらず,あっさりと結婚したところにも自己中心性が現れている。ウジウジとアキのことを引きずってしまう『世界の中心で、愛をさけぶ』の朔太郎が,(とくにテレビ版ではイライラさせられることも多かったけど)“純愛ドラマ”の主人公としては,真っ当な姿だろう。

それにしても,純愛ドラマに出てくる主人公の男って奴は,なんでこんなドキュソな人間ばかりなのだろう。ま,それはKeyやLeafのゲームを遊びすぎなのかもしれないが(苦笑)。

asin:B0006TPGVS:愛と死をみつめて(日活)]